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5Gの広帯域・超低遅延を支えるミリ波無線通信、Nokia社がいち早く実証に成功した理由

2020年の商用化を目指して、第5世代移動通信「5G」の技術開発に拍車がかかってきた。ピークレートは10Gbps以上、レイテンシ(遅延)は1ミリ秒以下と、5Gの開発目標は極めて高い。実現には物理層の向上、Massive MIMO、ネットワークの高密度化などが検討されているが、ミリ波の活用も注目されており、技術開発が加速している。こうした中、Nokia社は、E-band(71GHz-76GHzおよび81GHz-86GHzの周波数帯域)での無線通信の実証実験に世界に先駆けて成功した。その実証実験に用いた試作機の開発で挑んだ課題とその解決方法について、Nokia Networks Head NAM Radio Systems T&I ResearchのAmitabha Ghosh氏に聞いた。

通信の大容量化に対する要求は、収まる気配が全くない。2010年当時、ネットを行き交うデータのトラフィック量は、その後5年間で30〜40倍になると予想されていた。しかし実際には、それを超えるペースで増大した。2020年の東京オリンピック開催までの5年間にも、IoT(Internet of Things)を始めとする、ネット上のデータを急増させるアプリケーションの利用拡大が見込まれている。携帯電話には、現状のLTEをはるかに上回る性能を持った5Gの実現を求める声が、日増しに高まってくるだろう。

野心的な開発目標を掲げる5G

2020年の商用化を目指し、世界の通信事業者や基地局メーカーが、5Gの技術開発を急ピッチで進めている。時代の要請に応えるため、掲げている開発目標は野心的である。ピークレートは10Gbps以上、セルエッジでも100Mbps以上を目指す。これは、現行のLTEを使っても30分以上かかるフルHDビデオのダウンロードを、わずか1、2秒で終わらせるスピードだ。また、IoTやクラウドコンピューティングなどへの応用を想定して、レイテンシを1ミリ秒以下にする。これによって、AR(拡張現実)のようなデータを頻繁にやり取りするアプリケーションや、全く新しいユースケースもストレスなく利用できるようになるだろう。加えて、2020年時点で500億台の機器をネットに接続できる素地を作るため、低コスト化と低消費電力化も推し進めていく。

5Gの開発目標を達成するためには、スモールセルの積極活用、手付かずの周波数帯域の利用、Massive MIMOの採用など、これまでの携帯電話で使われていなかった技術を数多く採用していくことになる。特に周波数帯域については、6GHz以下を利用していたLTEの枠を超え、センチ波(cmWave)とミリ波(mmWave)を使う必要が出てくる。

70GHz帯無線通信のリアルタイムでの実証に成功

こうした5Gの実現に欠かせない先進的な技術を精力的に開発しているのが、Nokia社のネットワーク事業部門 Nokia Networksである。同社で技術開発を指揮するAmitabha氏は、「5Gの実現には、状況の変化に賢く適応するコグニティブなネットワークのような、無線通信技術以外の部分での革新が欠かせません。このため、ネットワークの仕様に影響を及ぼす可能性がある新技術は、当社ではひと通り開発しています」と言う。

具体的には、数多くの端末を接続するためのMassive M2M、途切れることのない接続を実現するMission Critical M2M、大規模なアンテナアレイを備えるMassive MIMO、さらにはLTEをライセンスが不要な周波数帯域で利用可能にする「License Assisted Access(LAA)」、複数の周波数帯域を束ねて高速化するキャリアアグリゲーションを5Gの周波数帯域に適用する技術などを開発している。そして、こうした技術を実用化するための実証実験も行っている。

図1. Nokia社が開発した70GHz帯無線通信の実証実験向けた試作機のシステム構成

中でも、ここ1、2年最も注力して技術開発してきたのが、ミリ波無線通信技術である。同社は、ビームステアリングを用いて、2.3Gbpsや10Gbpsでのデータ伝送を可能にする70GHz帯の試作機を開発(図1)。2015年3月に開催された「Mobile World Congress 2015」と2015年4月に開催された「Brooklyn 5G Summit」でリアルタイムでの実証実験を披露した。

70GHz帯では、5GHzと極めて広い帯域が利用可能になる。5Gの開発目標である10Gbps以上のピークレートを、仮に帯域幅が20MHzのLTEで実現する場合、キャリアやMIMO構成が複雑なシステムになってしまうが、70GHz帯を使い、帯域幅を1GHzにできれば、シンプルな構成の通信システムを構成できるようになる。NTT Docomoでの「5G Tokyo Bay Summit」では1GHz幅でのシングルキャリアー/NCP(Null Cycric Prefix)変調を使った試作器(図2、図3)を、また「Brooklyn 5G Summit」では直行した偏波面を利用した2x2MIMOを使った2GHz幅の試作機を披露、さらにその同じシステムを「NIWeek 2015」の基調講演において世界中から参加した3000人以上のエンジニアや科学者が見守る壇上で伝送速度10Gビット/秒超のシステムをライブで披露した。

図2. Nokia社のデモシステム

高速で柔軟な試作プラットフォームが必須

5Gのように、新しい技術を数多く投入して作る複雑なシステムでは、利用時に起こり得る状況の全てを想定することは困難である。このため、実証実験の実施が欠かせない。米国国立科学財団(National Science Foundation:NSF)は、「理論的な研究で導き出された仮定が、実世界で覆されることは少なくありません。そのため、現実的な動作環境で評価する必要があります」と指摘している。

しかし、5Gの開発目標は極めて高いため、実証実験をそれほど簡単に実施できるわけではない。ミリ波の利用に向けては、「70GHz帯の試作機を製作するためには、これまでとは比較にならないほど高い、技術的なハードルを超える必要がありました」とAmitabha氏は言う。

 

Amitabha Ghosh氏
Nokia Solution and Networks 社
Head NAM Radio Systems T&I Research

 

例えば、10Gbpsというピークレートを実現するためには、システム内の処理性能を現状より50〜100倍高めて、1GHz/2GHzの帯域幅に対応できる性能にする必要がある。また、レイテンシを1ミリ秒以下に抑えるためには、LTEでは1ミリ秒だったTTI(Transmission Time Interval)を100マイクロ秒に短縮する必要がある。TTIとは、スケジューリングの最小時間単位である。つまり従来よりも1/10の時間で同等またはそれ以上の量のデータをリアルタイム処理しなければならないのだ。このため、試作機を作るための試作プラットフォームには、何よりも高性能が求められる。

また、ミリ波無線通信では、LOS(Line of Sight)の確保に課題を抱えている。LOSとは、基地局と端末の間で、データ伝送できる電波が確実に届いている状態を指す。ミリ波は、直線波に依存する部分が多く、障害物を回り込む回折波はほとんどないため、アンテナの方向を自由に変えられるディレクション・アンテナアレイの実現が、LOSの確保に向けて欠かせない。ただし、こうしたシステムは、投入される技術自体が新しく、また想定される利用状況も多岐にわたるため、最適なシステム構成やそこで使うアルゴリズムが定まっていない。さまざまなケースを試しながら、試行錯誤でシステムを作り込む必要がある。このため、試作プラットフォームには、迅速にシステムの仕様を変更できる柔軟性が求められる。

つまり、ミリ波無線通信の実証実験を行うためには、高速で、柔軟な試作プラットフォームが欠かせないのである。

FPGAベースで高性能な試作機の迅速な開発を可能に

Nokia社がミリ波無線通信の試作機の開発に着手したのは2013年のことだった。そして、1GHzの帯域幅や100マイクロ秒のTTI、LOSの確保といった課題を抱えながら、試作機を1年半で完成させている。このように困難な要求を短期間で解決するために同社が活用したのが、ナショナルインスツルメンツ(NI)社のソフトウェア無線技術をベースとした試作プラットフォームである。「2013年の時点で、想定していた試作機の開発要件を満たす試作プラットフォームは、他に見当たらなかった」とAmitabha氏は言う。

図3. Nokia社のデモシステム

これまで携帯電話のシステム開発では、マイクロプロセッサーをベースにした試作プラットフォームに、開発した処理アルゴリズムを書き込んで試作機を作っていた。しかし、5Gの開発目標に沿った極めて高速な信号処理を実行するためには、マイクロプロセッサーをベースにしたのでは、性能が足りなくなってしまう。ミリ波無線通信で用いる高性能な誤り訂正符号であるターボ符号にかかわる処理の実装だけでも、かなり大きな負荷がかかり、必要な処理をすべてリアルタイムで終えることができないのだ。だからといって、ASICでカスタムチップを開発し、処理アルゴリズムのハード化して高性能化したのでは、柔軟に試行錯誤しながらシステム開発を進めることができなくなる。

井上 敬夫氏
ナショナルインスツルメンツ
Sr. RF Platform Engineer

NI社の試作プラットフォームは、高速化と柔軟性を見事に両立させている。システム内で実行する負荷のかかる信号処理を、FPGAで高速処理できるからだ。FPGAは、高速な演算処理を実現するハードウェアを、プログラムを書き込むだけで実現できるチップである。このため、ASICのように設計と製造に長い時間や莫大なコストを費やすことなく、プログラム開発だけで高速な演算処理ハードを実現できる。しかも、プログラムは何度でも書き換え可能であり、気兼ねなく仕様を変更して試行錯誤できる。

ちなみにNI社は、Nokia社と共同開発した成果を活用して、「LabVIEW Communication System Design Suite」と呼ぶ、無線通信システムの試作に特化した試作プラットフォームを製品化し、2014年から発売している。「ソフトウェア無線技術を活用して、さまざまな仕様の変復調方式や通信方式に対応したシステムを、自由かつ迅速に実現できます」とナショナルインスツルメンツ Sr.RF Platform Engineerの井上敬夫氏は言う。

 

 

 

多くの課題も着実に実証実験を進めて克服

70GHz帯の無線通信の実証実験に成功したが、5Gにはまだまだ乗り越えるべき技術的なハードルが数多く残されている。商用化までには、その一つひとつを解決し、実証実験で確認していくことになる。

「次のステップとしては、5Gで利用を想定している全ての周波数帯域で、いかに効果的で効率的な5Gシステムを構築していくかが重要になります」(Amitabha氏)。2015年7月、Nokia社は、NTTドコモと協力して、6GHz以下の周波数帯域で5Gの実証実験を開始すると発表した。この帯域での10Gbpsの伝送速度と低遅延を実証する実験に取り組む。

また5Gでは、ミリ波やセンチ波の無線通信と一緒に、既存のLTEやWi-Fiなどさまざまな技術を併用することになる。多種多様な無線通信技術を協調させて、総括的に5Gの開発目標を満たすネットワークを作り上げなければならない。こうした多種多様な技術を協調利用するための技術開発と実証実験が、欧州連合(EU)の第7次研究開発枠組み計画(FP 7)の下で行われるSTREP(Specific Targeted Research Project)プロジェクトの一つCROWD(Connectivity management for eneRgy Optimised Wireless Dense networks)で進められている。ここでは、NI社の柔軟な試作プラットフォームを活用して、物理層よりも上層で協調制御する技術の実証実験に取り組んでいる。

「実証実験を加速する試作プラットフォーム環境の提供を通して、5Gの商用化に向けた支援をさらに強化し、実証実験を通して開発したIPを取り込み5G対応の計測システムもいち早くご提供できると考えています。」(井上氏)。5G開発のパートナーとして、NI社への期待がさらに高まっていくのは間違いないと言えるだろう。

(『Tech-On!』に掲載された記事を日経BP社の許可を得て掲載しています。)

 本事例の詳細:Nokia Networks社、将来の無線通信の枠組みをNIと共同で開発

 

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