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放射能汚染地域の線量監視システム、路線バスに設置するだけで自動測定/可視化が可能に

 

2011年3月に起きた福島第一原子力発電所の事故を受け、福島県を中心とした地域では、数十年にわたって放射線量の監視を行わなければならなくなった。これにかかる労力を削減し、なおかつ精密な線量マップをほぼリアルタイムに取得可能にするものとして開発されたのが走行サーベイシステム「KURAMA-II」である。同システムは、緊急性の高い今回の事態に対応すべく、極めて短い期間で実用レベルのものへと仕上げられた。その短期開発を支えたのは、ナショナルインスツルメンツが提唱する「グラフィカルシステム開発」だ。では、この開発手法によって得られた効果とはどのようなものだったのか。KURAMA-IIの開発に携わった京都大学原子炉実験所 粒子線基礎物性研究部門 助教・博士(理学)の谷垣 実氏にお話を伺った。

 

線量測定システムの構築が急務に

 

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震。この未曾有の大地震とそれに伴う大津波は、東日本に甚大な被害をもたらした。なかでも、福島 第一原子力発電所で発生した一連の事故は、現在も福島県を中心とした地域を放射能汚染という“見えない脅威”で覆い続けている。

この事故の発生後、国は、原子力関連の企業/組織に対して事故の収束と復旧を促進するための働きかけを行った。京都大学原子炉実験所も技術協力や人 員派遣の要請を受けた組織の1つだ。国とのやり取りや現地での活動を行っているなか、福島県を中心とした地域で行われていた放射線量の監視がうまく機能し ていないという状況が明らかになった。

放射能汚染が発生した地域では、放射線量(空間線量率)を数十年にわたって細密に測定する必要がある。当時、福島県内ではモニタリングポストによる 定点観測や、断続的な自動車走行サーベイ/航空機サーベイが実施されていた。しかし、それらの手法は、広い範囲の状況を1地点での測定値で表現したり、広 い範囲をひとまとめに観測したりする手法であったため、粗い結果しか得られず、正確に状況を把握することができなかった。また、そのための労力を、数十年 にもわたって継続的に割くのが無理なことは明らかだった。

そこで、谷垣氏らは次のように考えた。住民の被曝状況や環境汚染の実態を把握するためには、精密な空間線量マップを迅速に作成できる仕組みを早急に 確立する必要がある。例えば、現地を隈なく自動車で走行しながら、横断的かつ細かな粒度で線量測定を行い、結果をリアルタイムで可視化することはできない だろうか――これを実現するものとして開発されたのが、KURAMA(Kyoto University RAdiation MApping system)である。

京都大学原子炉実験所 粒子線基礎物性研究部門 助教・博士 (理学)

京都大学原子炉実験所
粒子線基礎物性研究部門
助教・博士(理学) 谷垣 実氏

 

わずか1週間でシステムを構築

 

KURAMAの仕組みは、簡単に言えば次のようになる(図1)。まず、車載機を搭載した車両を走らせながら、任意の場所で放射線検出器によって線量を測定する。同時に、測定を行った場所と時間の情報をGPSユニットで取得する。そして、線量の測定結果に、測定位置と時間の情報をタグ付けする処理を行う。その結果得られたデータをインターネット経由でサーバに送信し、地図データ上に測定結果をプロットして線量の分布をほぼリアルタイムに可視化するというものだ。なお、測定用の車両としては一般的な乗用車を使用し、測定者が車載機の操作を行うという手法を採用した。

KURAMAII構成図
図1. KURAMAのシステム構成

 

車載機は、複数のコンポーネントを組み合わせて構成することにした(図2)。放射線検出器(サーベイメータ)、インタフェースボックス、GPSユニット、パソコン、3Gモバイルルータの各コンポーネントである。サーベイメータとしては、市販のポータブル機を改造して使用した。GPSユニット、パソコン、3Gモバイルルータも一般的な市販品である。

KURAMAII構成図2
図2. KURAMAの車載機の構成

 

 

インタフェースボックスの主機能は、AD変換である。サーベイメータによる測定結果はアナログ電圧として出力される。そのままではパソコンで扱えないので、AD変換を行ってデジタルデータを得る。この処理を担うAD変換器としては、ナショナルインスツルメンツ(NI)のNI USB-6009を使用した。また、線量情報と位置/時間情報の関連付けやネットワーク通信を行うソフトウェアは、グラフィカルシステム開発プラットフォーム「NI LabVIEW」を使用して開発した。そして、それらのソフトウェアによる処理はパソコンで実行する。

開発を開始したのは2011年4月初旬。それから、部材調達期間を除くと、わずか1週間でKURAMAは完成した。ただし、「KURAMAは、現場での利用を十分に考慮して開発したものではない。いわば概念実証を行うための実験機のようなイメージに近い」(谷垣氏)ものだった。

 

 

小型化、測定の自動化を短期間で実現 

 

KURAMAは、機能的には当初の構想を実現するものだった。また、福島で行った確認実験でも、実用に堪えるものとしての評価が得られた。ただ、そうした実験などを通して、いくつか改善すべき事柄も浮かび上がってきた。そこで、谷垣氏らは、新バージョンとなるKURAMA-IIの開発を決定した。

KURAMAからの大きな変更点は、放射線量の測定を目的とした車両を用意するのではなく、路線バスやコンビニエンスストアの配送車など、毎日定期的に地域を隈なく走行する車両を使って計測できるようにすることである。KURAMAの車載機は、パソコンやインタフェースボックス、サーベイメータなどの独立したコンポーネントを配線でつないで構成されていた。そのため、設置に手間がかかるし、広いスペースも必要になる。これでは路線バスなどに搭載するのに適したものだとは言えない。そこで、車載機の小型化/一体化を実現することにした。また、KURAMAでは、装置の操作を行う測定者が必要であった。それに対し、KURAMA-IIでは、測定とデータ送信の操作を完全に自動化することにした。

このような構想を練っている段階で、谷垣氏は、日本NIの「ものづくり復興支援助成プログラム」の存在を知った。「震災からの復興を支援することで社会貢献を果たしたい」――谷垣氏と日本NIの思いが一致し、KURAMA-IIの開発プロジェクトは同プログラムに採択され、日本NIからは、必要な製品や技術支援を提供された。

図3に示したのが、KURAMA-IIのシステム構成図である。大きく変わったのは車載機(図の左下)の部分であり、コンポーネントの数はわずか2つとなった。それらのうち1つは、放射線検出器である。もう1つは、再構成が可能な制御/監視システム「NI CompactRIO」である。CompactRIOは、KURAMAにおけるインタフェースボックスとパソコンを置き換えるものだ。そしてKURAMAでは独立して存在していたGPSユニットと3Gワイヤレスルータも、CompactRIOのモジュールとして組み込まれている。このような構成にした結果、外形寸法がわずか34.5 cm×17.5 cm×19.5 cmのツールボックスとしてまとめることが可能になった(写真1)。また、全自動測定の機能を実現するのはソフトウェアとCompactRIOの役割である。ソフトウェアの開発プラットフォームとしては、KURAMAのときと同じくLabVIEWを使用した。KURAMA-IIは、「電源さえ入れれば、あとはノータッチでかまわない」(谷垣氏)ものとして完成した。その開発期間は、「実働で2カ月程度」(同氏)というわずかなものだった。

KURAMAII構成図3
図3. KURAMA-IIのシステム構成

写真1. KURAMA-IIの車載機

 

短期開発のカギはグラフィカルシステム開発 

 

KURAMAとKURAMA-IIは、それぞれ1週間、2カ月というわずかな開発期間で完成した。その原動力となったのは、NIが提唱する「グラフィカルシステム開発」である。この開発手法ではソフトウェア開発を中心とし、開発プラットフォームとしてLabVIEWを使用する。そして、ソフトウェアの実装先となるのは、CompactRIOをはじめとするNI製のハードウェアだ。では、この手法を用いることで、なぜ開発期間の短縮が図れるのだろうか。

そもそも、原子炉実験所では、数年前から加速器の制御などにLabVIEWを使用していた。谷垣氏は、「LabVIEWを採用した最大の理由は、その“敷居の低さ”だ。テキストベースの言語でプログラムを記述するのではなく、実現したい処理をコンピュータの画面上でグラフィカルに表現するだけでよい。また、オープンソースのプロダクトなどとは異なり、ドキュメントやサポートが充実していることも重要なポイントだ」と語る。原子炉実験所のメンバーはすでにLabVIEWに習熟していたため、KURAMAの開発では「当然のようにLabVIEWを使用した」(谷垣氏)と言う。もう1つ谷垣氏が強調したのは、LabVIEWを利用する場合、複数のメンバーによる分担作業を容易に実現できるということである。これも、LabVIEWを単一/共通の開発プラットフォームとして使用するグラフィカルシステム開発のメリットの1つだ。谷垣氏は、「もし、LabVIEWを使用していなければ、おそらくKURAMAの開発には1カ月くらいはかかっていただろう」と振り返る。

また、KURAMA-IIの開発にも、グラフィカルシステム開発の効果が顕著に現れている。グラフィカルシステム開発では、LabVIEWでグラフィカルに記述したプログラム(状態遷移図)を、パソコンや、CompactRIOなどのリアルタイムコントローラなど、さまざまなハードウェアに実装(配備)することができる。そのため、KURAMA向けにLabVIEWで開発し、パソコンで実行していたプログラムは、ハードウェア構成を変更したKURAMA-IIでも再利用することができたのである。短期開発を実現するうえで、プログラムの再利用がどれほど大きな効果をもたらすのかは、周知のとおりだ。

谷垣氏は、「KURAMA-IIの開発では、グラフィカルシステム開発のメリットを強く実感した。この手法を採用していなかったら、おそらく、開発期間は1~2カ月ほど伸びていたのではないか」と述べている。

 

さまざまな専門家で支援の「輪」を作る 

 

言うまでもなく、谷垣氏は、いつもは研究者としての活動を行っている。KURAMA-IIのように、ユーザがフィールドで使うようなシステムの開発を行うのは初めての経験だった。この経験を通して、同氏は次のような思いを抱いたという。

「震災後に行った一連の活動では、福島県に住む人々が直面している問題を目の当たりにし、彼らの疑問や要請にどうすれば応えられるのかということを深く考えさせられた。KURAMA-IIの開発は、原子炉実験所やNIからさまざまな分野の専門家が集まって行われ、大きな課題を解決できる1つのモノを作り上げることができた。そのときにポイントとなったのは、それぞれの専門家がそれぞれの特性を活かし、福島の住民が困っていることをさまざまな側面から理解して、その結果を1つの成果物としてまとめるよう努めたということだ。つまり、技術者/研究者が社会貢献を果たすうえでは、個々の専門家が独立した“点”として存在するのではなく、1つの“輪”になって活動することが重要だ。KURAMA-IIの開発では、NIもその輪の中に加わって、技術サポートの面で大きく貢献してくれた」。

谷垣氏らは、さらなる社会貢献を目指し、現在もKURAMA-IIをよりよいものに改善するためのプロトタイプ開発に努めている。また、自動車では行けない山林のような場所での測定や、公園内の詳細な測定などに対応できる新たなサーベイシステムの構想も練っている。“KURAMA-III”が登場する日は、そう遠くはなさそうだ。

 本事例の詳細:NI LabVIEWとNI CompactRIOを使用した放射能汚染地域の線量監視システム

 

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本事例で採用された、NI CompactRIOは、小型で堅牢性に優れ、再構成可能I/O(RIO)FPGA技術がベースになっています。

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