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PXI 製品でロケットからのRF 信号を長時間記録、 これまで不可能だった電波干渉の解析に活路

 

ロケットの打ち上げを行う際には、その飛行状況や内部の装置などに関する多様な情報を地上で監視しなければなら ない。当然のことながら、その監視には無線システムを使用し、地上でデータを受信することになる。しかし、従来からそこにはひとつの課題が存在していた。ロケットの噴煙をはじめとするさまざまな要因により、通信が瞬間的に途絶えてしまう「ロックオフ」という現象が発生してしまうのだ。宇宙航空研究開発機構(JAXA)では、この現象の原因を追究し、解決を図りたいと考えていた。そのためには、RF 信号を直接的に長時間にわたって記録し、記録データを後程オフライン解析したり、再生し飛行時の電波状況を再現できる仕組みが必要だった。このようなことを実現できるものとして選ばれたのが、ナショナルインスツルメンツ(NI)のPXI 製品である。では、何が決め手となってPXI 製品が選択されたのだろうか。またそれらを活用することにより、どのようなことが見えてきたのだろうか。 JAXA の主任開発員である油谷 崇志氏にお話をうかがった。

「ロックオフ」という現象

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、宇宙科学研究所、航空宇宙技術研究所、宇宙開発事業団が統合し、2003 年10 月に設立された独立行政法人である。2013 年9 月に打ち上げられたロ ケット「イプシロン」をはじめ、その成果は各種メディアなどを通じて注目を集めている。ま た、JAXA の主力機である「H-IIA」や「H-IIB」 の打ち上げ場所として、種子島宇宙センター(以下、TNSC)の存在をご存じの方も多いだろう。 JAXA の油谷 崇志氏(宇宙輸送ミッション部 鹿児島宇宙センター 射場技術開発室 主任開発員) は、そのTNSC で電波系地上設備を担当してい る技術者である。

TNSC から打ち上げるロケットの最終的な目的は、宇宙まで運んだ人工衛星を軌道に乗せることだ。それに当たっては、ロケットに関する多様なデータを無線で継続的に取得するというこ とが行われる。打ち上げの直後はTNSC の受信システムでデータを取得し、その後は太平洋上で飛行を進めるに従い、小笠原局、グアム局、 クリスマス局、サンチャゴ局という順にデータ の受信作業を引き継いでいく。そして各局で受信したデータはTNSC に集約される。このよう にしてロケットの情報を追跡するわけだが、「特に、打ち上げ直後の十数秒間のデータは非常に 重要な意味を持つ」(油谷氏)という。すなわち、 TNSC で受信するデータが特に重要だというこ とである。

宇宙航空研究開発機構 宇宙輸送ミッション部
鹿児島宇宙センター射場技術開発室
主任研究員 油谷 崇志氏

現在、TNSC では、レーダーシステムとテレメータシステムを併用して情報の取得を行って いる。レーダーシステムでは、ロケットとレーダーの間で電波をやりとりすることによってロケットの位置や速度の情報を得る。一方のテレメータシステムでは、温度データ、加速度データ、振動データなど、ロケットから送られてくる多様な情報を受信する。これらのうち、レーダーシステムの老朽化が進んでおり、その維持更新には大きなコストがかかる。そのため、「機体の位置/ 速度の情報もテレメータシステムで取得できるようにしようという流れが生まれつつある」(油谷氏)という。

図1. ロックオフによって生じた異常な温度データ

しかし、テレメータシステムをレーダーシステ ムの代替とするうえではひとつの問題があった。 それはテレメータシステムにおいて、「ロックオフ」という現象が起きていることである。ロックオフとは、ロケットを打ち上げた直後の十数秒の間に、明らかに異常なデータが瞬間的に生じてしまうというものだ。図1 に、ロケットが 備えるある装置の温度を観測した結果を示した。 この場合、実際の温度は緩やかに上昇していく はずなのだが、図1では瞬間的に急激な温度変化が生じたかのような結果となっている。

ロックオフの発生が確認されたのは最近のことではない。しかし、今以上にテレメータシステムを活用した打上げ方式に移行した場合には、 現在と同レベルのロックオフの発生は、致命的な問題につながる可能性がある」と語る。

「従来は、テレメータシステムのロックオフはある程度許容されていた。しかし、レーダーシステ ムの代替という役割を考えると、ロックオフは 解決しなければならない重要な課題だ。ロックオフが生じないようにすることが理想だが、少なくとも、問題にならないレベルまでロックオ フの発生を抑えられるシステムに変更しなければならない」(同氏)ということである。

 

データを記録する術がない

油谷氏らは、打ち上げ後のロックオフはなぜ起きているのか、その対策はどのようにすればよいのか検討を行いたいと考えた。最終的な目標はロックオフの原因を究明し、対策を施すことだ。そのためには、まず現状を把握しなければならない。しかし、この現状把握を行うことこそが非常に大きな壁だった。

ロケットの打ち上げ直後には、機体の移動、激しい振動、轟音、海面や構造物での電波の反射、噴煙による電波の散乱といった条件が重なり、マルチパスの影響(フェージング)が生じるなど、非常に厳しい環境の下で電波が送られてくることになる(図2)。テレメータシステムで取得したデータに異常があるということは、電波の送信経路で何らかの問題が生じていることは明らかだ。そこで油谷氏らは、ベースバンド領域におけるビットバイビットでのデータ確認や、AGC(自動利得制御)データの収録周期での確認を行った。またスペクトラムアナライザの画面をビデオで録画しておき、それを後で再生してRF の専門家らで吟味するといった試みも行われた。しかし、「そうした手法では何もわからず、すべてが想像の域を出なかった」(同氏)という。

油谷氏は、「ロックオフが発生した際、具体的に何が起きているのかを明らかにするには、2GHz 帯の電波を直接的に可視化して確認することが必要だった。しかし、そのための実現手段は存在しなかった」と述べている。「われわれが必要としていたのは、RF 信号としての情報を残したままのI/Q データを長時間記録しておき、それをそのまま何度でも繰り返し再生してテストが行えるような仕組みだった」と同氏は語る。

図2. 厳しい電波環境 (画像提供 : 宇宙航空研究開発機構(JAXA))

 

長時間の記録/再生を可能にするNI のソリューション

上述したような要求に応えるものとして、油谷氏らが選択したのがNI のPXI 製品である。具体的には、以下に挙げる各製品によってシステムを構成した。

  • NI PXIe-1075:18 スロットを備えるPXIシャーシ
  • NI PXIe-8135:高性能のコントローラ
  • NI PXIe-5665:対応周波数が最高3.6 GHz のベクトル信号アナライザ(VSA)
  • NI PXIe-5673:対応周波数が最高6.6 GHz のベクトル信号発生器(VSG)
  • NI HDD-8265: 容量が6 TB のRAID(Redundant Arrays of Inexpensive Disks)システム

図3. PXI製品で構成したシステム

図3 にはこのシステムの外観を示した。このシステムでの記録動作は次のようになる。まず、アンテナで受信した2 GHz 帯の信号をVSA に取り込む。取り込んだ信号はI/Q レベルのデジタルデータに変換され、シャーシが備えるPXIExpress バスを介してRAID システムに渡されて記録が行われる。一方、再生動作では、RAIDシステムからデータを読み出し、シャーシが備えるPXI Express バスを介してVSG に引き渡す。それによって、RF 信号を再生する。コントローラはシステム全体を制御する役割を担う。VSA とVSG の高速性能、RAID システムの高い書き込み/ 読み出し速度(750 MB/ 秒)、PXI Express による高速データ転送(250 MB/秒)が性能面でのポイントだ。なお、容量が6TB のRAID システムにより、現状は15 分間分のデータを記録することができる。容量の拡張を図れば、さらに長時間のデータを記録することも可能である。

このシステムを利用すれば、高速かつ長時間にわたって連続的にRF 信号の記録と再生が行える。すなわち、これまでのスペクトラムアナライザを使うのとは異なり、帯域内の実時間データをもれなく長時間にわたって記録することができる。そして記録された信号は、何度でも再生してテストを行うことが可能である。実際の環境下で現れるRF 信号を使って繰り返しテストが行えることから、パラメータの最適化などによって改良を図れるようになることが期待できる。

また油谷氏は「データを記録したうえで、シームレスに解析が行える点も優れている」とも指摘している。NI LabVIEW を使用すれば、単一のグラフィカル開発環境で制御用プログラムと解析用プログラムの両方の開発が行える。また、サンプルプログラムが豊富に用意されているので、それらを改変することによって、やりたいことを素早く実現できる。しかも、ソフトウェアによってユーザーが自由に機能を変更することも可能だ。この点について、油谷氏は次のように述べている。「I/Q データは、そのままでは単なる巨大なデータにすぎない。そこで現在は、通信の専門家から見解をもらったり、対策を考えたりできるようにするために、記録したデータの“見える化”に取り組んでいる。そのためのソフトウェア開発は外部に委託するのだが、LabVIEW を扱える企業であれば国内にも数多く存在する。必要な機能もLabVIEW であれば即座に実現できる。テキストベースのプログラミング言語で一からコードを書くのでは工数がかかり、その分、委託コストも増大する。時間をかけずに低コストで結果を出せることは、委託する側にとっても受託する側にとってもメリットがある。パフォーマンス、コスト、使い勝手、拡張性といったあらゆる面で、NI のソリューションを選択してよかったと考えている」。

このシステムを使用することにより、2013 年8月に打ち上げたH-IIB の4 号機と、2013 年9 月に打ち上げたイプシロンのデータを実際に取得することができた。何よりも重要な成果は、従来は不可能だったRF 信号の長時間記録/ 再生を実現できたという事実である。油谷氏によれば、「JAXA 内でも、今回の結果を実際に見てもらうと、みな一様に驚いていた。そして、JAXA 内のほかのRF 用途でも活用できるのではないかという声が挙がった」という。この事例ではロケットが対象だったわけだが、NI のソリューションを活用すれば、RF 信号を扱うあらゆる分野の記録/ 再生に対するニーズに応えられるはずだ。

 

FPGAモジュールにより、リアルタイム処理にも対応可能

上述したように、現在は解析に向けた取り組みを行っている段階にある。「この部分は本当に難しい作業だ。専門家を集めてさまざまな意見をもらいながら、どのような見方をすればよいのか、さまざまな試みを行っている。その結果、何が起きているのかが実際に見えるようになってきている」と油谷氏は述べている。現時点では推測のレベルだが、マルチパスの影響でロックオフが起きているのではないかということが見えてきているという。原因を完全に特定できれば、マルチパスの影響を受けにくい通信方式を採用するといった根本的な対策を講じることができるであろう。「例えば、そうした受信機を今回採用したNI のシステムをベースとして構築するということも考えられる」と油谷氏は述べている。

その一方で、同氏は「時間とコストをかけずに、まずはロックオフの影響を現実的には問題にならないレベルに抑えるという対策も考えたい」としている。例えば、マルチパスの発生原因のひとつとしては、ロケットの発射時に生じる噴煙が考えられる。もしそうであれば、射場付近で噴煙の影響が少なそうな場所を何カ所か見出し、今回のシステムをベースとした簡易的な受信機をそれぞれの場所に配置すれば、ロックオフの問題を解消できるかもしれない。つまり、ロケットの発射後、十数秒ほどの間に、すべての受信機が同時にロックオフしてしまうことさえ避けられればよいということだ。その場合には、リアルタイムに管制塔に情報を送るために、高速な復調処理を行う必要がある。これについては、NI FlexRIO のFPGA モジュールを追加することで対応できる。また、「NI のソリューションであれば、受信機を複数台設置してもコストを抑えられる」(油谷氏)という。もちろん、こうしたことは案のひとつにすぎず、現状はさまざまな可能性を検討している段階にある。ただ、「従来は何も見えないことが常識だったのにもかかわらず、優れたツールを活用することによって、RF の専門家たちが驚くようなものが見えるようになってきた。それによって、こうした検討に乗り出せる状態になったことが大きな成果だと言える」と油谷氏は強調した。

 本事例の詳細:PXI 製品により、ロケットからのRF 信号の長時間記録と再生に成功

 

PXIとは?

本事例で採用されたPXIは、計測/オートメーションシステム用の堅牢なPCベースプラットフォームです。PXIを採用するメリットなどを詳しくご紹介しています。

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