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「イトカワ」の微粒子解析にも使われた同位体顕微鏡、新システムではPXIにより10倍の性能向上を実現

 

2011年8月、北海道大学は小惑星探査機「はやぶさ」が小惑星「イトカワ」から持ち帰った微粒子の分析結果を発表した。それによれば、分析した28個の微粒子はいずれも地球外に起源を持つものであることが証明されたという。この分析に使用されたのが、北海道大学が開発した同位体顕微鏡システムという装置である。イトカワの微粒子解析で使われたのは「磁場偏向型」と呼ばれる方式の装置だったが、北海道大学は新たに「飛行時間型」を採用したシステムも開発した。では、なぜそのような新たなシステムが必要になったのだろうか。そして、その新システムの開発ではどのようなことが課題となり、それらをどのようにして解決したのであろうか。北海道大学大学院理学院・教授の圦本 尚義氏ならびに同創成研究機構・特任助教の馬上 謙一氏にお話をうかがった。


同位体顕微鏡システムで、太陽系の起源に迫る

「太陽系はいつどのようにしてできて、どのような進化をたどってきたのか。地球内外の物質を正確に分析することにより、このようなことがわかってくる」――北海道大学大学院理学研究院・教授の圦本 尚義氏は、自身の研究テーマをこのように説明する。

例えば、ある惑星に起源を持つ1つの隕石があったとする。その隕石の中には必ず酸素が含まれている。その酸素について詳細に分析すれば、その隕石がどのような惑星に起源を持つものなのかがわかる。というのも、酸素には、中性子の数の違いにより質量が異なる3種類の同位体(16O、17O、18O)が存在する。そして、隕石に含まれる3種類の同位体がどのような比率を示すかが、その隕石の起源である惑星の特徴を表すことがわかっているからだ。

このような分析に使用されるのが同位体顕微鏡システム(二次イオン質量分析装置)である。このシステムの仕組み(質量分析法)をごく簡単に説明すると次のようになる。まず、高電圧をかけた真空中で、隕石に数μmから数十nmの収束イオンビームを照射することにより、隕石の表面の物質(原子)を弾き飛ばす(スパッタリング現象)。このとき、弾き飛ばされた原子はイオン化されており、そのイオンが顕微鏡システム内を飛行する。それらを質量(質量電荷比)に応じて分離し、それぞれのイオンの数(強度)を計測する。なお、測定の対象とするイオンは、同一元素の同位体に限られるわけではなく、複数種の元素であってもかまわない。ここで、質量を横軸にとり、イオンの数を縦軸とすれば、図1のようなマススペクトルを得ることができる。これにより、各同位体の存在比率を計測できたことになる。また、微小領域の分析結果を2次元的につなぎ合わせれば、図2のように、同位体の強度の分布を描いた同位体イメージを取得することも可能だ。このようなイメージを取得できることが、同位体顕微鏡システムと呼ばれるゆえんである。

北海道大学大学院理学研究院
自然史科学専攻 教授/
創成研究機構 教授
圦本 尚義氏

図1、 マススペクトルの例

 

図2、同位体イメージの例


圦本氏の研究室では、小惑星探査機「はやぶさ」が持ち帰った小惑星「イトカワ」の微粒子について、酸素の同位体比の分析を行った。その結果、それらの微粒子は、地球上の物質ではあり得ない酸素同位体比を持っていた。地球上の他にサンプル採取の可能性があったのはイトカワ上なので、はやぶさが間違いなく、小惑星物質を採取してきたということが確認できた。なおかつ、その同位体比はある種の隕石の同位体比と類似していることから、小惑星が隕石の供給源であることも証明されたという。

 

新たなシステムに対するニーズ

圦本氏の研究室では、物質の分析を行うだけでなく、その分析手法や分析装置の研究/開発も行っている。「研究領域では、研究の対象物について何らかの計測を行いたくても、そのための手法が存在していないことも多い。したがって、分析手法や、それを具現化する分析装置を自らの手で開発しなければならないことになる」(圦本氏)という。実際、圦本氏らは同位体顕微鏡システムの開発も自ら行っている。

同位体顕微鏡システムの1号機は、1980年に完成した。イトカワの微粒子の分析に使われたのは1998年に完成した2号機である。1号機と2号機は、イオン化した試料を質量別に分離するために、「磁場偏向型」の質量分析法を採用している。これは、磁場中にイオンを通すと、質量の違いに応じて各種イオンが異なる経路を飛行するという性質を利用したものだ。この方式では、連続的にイオンビームを照射することができるので、大量の原子をイオン化して検出することができる。そのため、分析結果の精度を高められる(母数が多いため、ランダムノイズに対するS/N比を高められる)というメリットが得られる。ただし、その空間分解能(近接する2点を独立した2点として見分ける能力)は1μm程度にとどまっていた。

この空間分解能については、隕石の表面など、極小領域に対する詳細な分析が行えるようにするために、より高い性能を実現することが必要であった。併せて、従来は極微小領域での計測手法が存在しなかった希ガスの分析も行えるようにしたいという要求も存在した。これら2つの要件を満たすために新たに開発されたのが、LIMAS(Laser Ionization MAss nanoScope)と名づけられた3号機である(写真1)。

写真1、3号機の外観

この3号機では、イオンビームの発生装置を改良することにより、10nmサイズのイオンビームを、必要な強度で得ることに成功した。これにより、「1号機/2号機と比較して、空間分解能を100倍高めることができた」(圦本氏)という。併せて、希ガスの分析を行えるようにするために、高い強度を実現するフェムト秒レーザー(パルスレーザー)の発生装置を搭載した。これにより、Heをはじめとするあらゆる原子のイオン化が可能になった。

加えて、イオン化した試料の質量分析法として、1号機/2号機の磁場偏向型とは異なり、3号機では「飛行時間型(TOF-MS:Time of Flight)」を採用した。この手法では、連続ではなくパルス化した一次イオンビームを照射する。そして、同一のタイミングで飛行を始めたイオンが検出器に到達するまでの時間差を検出する。質量が軽いものほど飛行速度が速く、質量が大きいものほど飛行速度が遅くなるので、検出器に到達するまでにかかる時間を計測することによって、それぞれがどのような質量を持つイオンであるのかを割り出すことができるのである。

この飛行時間型の質量分析法では、幅広い質量範囲のマススペクトルを1回の一次イオンビームのパルスで取得することができる。また、多元素(同位体)の同時分析が行えるというメリットもある。さらには、飛行距離を伸ばすことで質量分解能を高められるという性質も併せ持っている。ただし、磁場偏向型のように連続的に一次イオンビームを照射することはできないので、統計誤差を無視できるほど多くのイオンを検出することが難しいという欠点もある。「1号機/2号機と3号機とでは、世代が違うというよりも、用途が異なる」(圦本氏)ということだ。

なお、実際のシステムでは、飛行するイオンの流れを電子の流れに変換し、それを電極で受け取ることで電気信号(電流波形)として取り出している。その電気信号をA/D変換器(デジタイザ)でデジタルデータに変換し、その後段でデータの集録/蓄積/処理を行って分析結果を得るという仕組みである。

 

PXI製品により、10倍の性能を実現

圦本氏の研究室では、実は、1号機の時代からナショナルインスツルメンツ(NI)のグラフィカルシステム開発ツールであるNI LabVIEWを使用してきた。ハードウェアについては、1号機ではNIのI/Oボードを使用しており、2号機ではそれに加えてNIのデータ集録(DAQ)製品やFPGA製品も採用した。3号機では、コントローラの制御信号用ハードウェアをはじめ、エレクトロニクス系のブロックではNIのPXI製品をメインで使用している。制御用ソフトウェアや、分析結果の可視化機能を含めたユーザーインタフェース用のソフトウェアなどもすべてLabVIEWで実装している。

詳細は別稿に譲るが、3号機を実現するにあたり、エレクトロニクス系のブロックで課題になったことについて、システムの開発を担当している北海道大学創成研究機構・特任助教の馬上 謙一氏は次のように述べている。

「3号機を実現するためには、使用するデジタイザについて、ギガヘルツレベル以上の帯域、1 GS/秒以上のサンプルレートが必要だった。また、集録したデータの解析/保存/モニタリングをリアルタイムで行えるようにするためには、プロセッサ(PC)の処理性能を高めるだけでなく、デジタイザとPCとの間で150 MB/秒以上の時速転送レート(実測値)での高速データ転送が行えることが不可欠だった。しかし、このような仕様を満たす製品はほとんど存在しなかった」

北海道大学創成機構
特任助教
馬上 謙一 氏

このような高い要求仕様を満足するデジタイザ製品として選択されたのがNI PXIe-5185である。同製品の帯域は3 GHz、サンプルレートは12.5 GS/秒、データ転送速度は700 MB/秒と、要求仕様を十分に満足している(分解能は8ビット)。また、イオンビーム装置のデフレクタ(偏向器)の電圧制御にはDAQデバイスであるNI PXIe-6361を利用した。さらに、コントローラにはPXI ExpressコントローラのNI PXIe-8133、ストレージには高速データストレージモジュールのNI 8260が使用されている(図3)。PXIに対応する多様な製品群やプラットフォームとしての柔軟性の高さも、このシステムの開発に寄与したと言えよう。

 

図3、エレクトロニクス系ブロックの構成

 

加えて、この分析システムは開発途上のものであり、さまざまなアプリケーションへの応用も考えられる。そのため、「柔軟性や汎用性に優れるソフトウェア開発環境も必要だった」(馬上氏)という。この観点から、使用するソフトウェア開発環境としてLabVIEWは最適なものだった。馬上氏はそれまでに本格的なプログラミングの経験はなかったし、LabVIEWを使用したこともなかった。それでも、ユーザーインタフェースのプログラミングや、制御系のプログラミング、さらにはFPGAのプログラミングも含めてシステム開発を滞りなく進められたことには、グラフィカルプログラミングが可能なLabVIEWの特質が大きく貢献していると言えよう。

上記のような構成にしたことにより、システム変更前と比較して、以下のような性能を実現することができたという。

  • データ集録の周期が10倍向上し、それにより分析時間が1/10に短縮された
  • データの集録中にリアルタイムでマススペクトルを表示することが可能になった

馬上氏は、「この新たなシステムにより、従来は実施できなかった分析が行えるようになったことが1つの大きな成果であることは言うまでもない。それに加えて、データの分析にかかる時間が1/10になったことも重要なポイントとして挙げられる。同位体分析は、大量のデータを扱う、非常に時間のかかる作業であり、現在、3号機を使って実施していることは、これまでのシステムであれば現実的には不可能だと言えるレベルのものだ。この性能向上がもたらしたインパクトは非常に大きい」と語る。

 

希ガス分析で、研究を新たな次元へ

先述したように、3号機で実現したかったのは、空間分解能を高めて極小領域の分析を行えるようにすることと、希ガスの分析を行えるようにすることだった。その背景について馬上氏は次のように述べている。

「宇宙空間に存在した物質は、特徴的な希ガス元素組成を保持していることがある。この現象は、『太陽風(太陽からのプラズマ流)』を浴びた物質で見られる。太陽風というイオンビームが照射された結果、それを浴びた物質の中に注入されるということだ。それらの元素について分析を行えば、太陽系で起きた現象についてさまざまなことがわかる可能性がある。しかし、現在うまく分析できる可能性があるのは希ガスのみで、しかも太陽風起源の元素は物質表面の極めて狭い領域に濃集している。この極小領域に存在する希ガスの分析を可能にするのが3号機だ」。

圦本氏は、「今後はこのような希ガスの分析にも取り組み、宇宙空間で起きた現象を解明するべく研究を進めていく」と述べている。また、産業領域では、シリコン半導体などについて、極小領域の元素解析を行いたいという要望も多い。「そうした要望にも応えられるようにしていきたい」(馬上氏)と考えているという。

 

 本事例の詳細:TOF-MSのための高速データストリーミング・解析システム

 

 

PXIとは?

本事例で採用されたPXIは、計測/オートメーションシステム用の堅牢なPCベースプラットフォームです。PXIを採用するメリットなどを詳しくご紹介しています。

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