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ホンダが燃料電池のインピーダンス測定に向けて新手法を開発、検証環境はPXIによって構築

燃料電池では、稼働時のインピーダンスを測定することで状態の診断を行うことができる。現在、商用化されている燃料電池車にも、燃料電池で発電を行った結果生成される水の量を監視することを目的とし、ある単一周波数に対するインピーダンスを測定するための仕組みが盛り込まれている。その測定結果を基に、水量を調節するための制御を行うということである。ただ、実際には、単一周波数ではなく、広い周波数範囲に対するインピーダンスの特性を測定すれば、よりきめ細かい性能管理を実現することができる。しかし、それを実用レベルで行うには、わずか数秒で高精度に計測を実施できる方法が必要だった。本田技術研究所の江上 雅裕氏は、そのような計測手法を新たに考案した。その検証作業に向けては、ナショナルインスツルメンツ(NI)のLabVIEWとPXI製品を使用してシステムを構築した。では、NIの製品を採用したことにより、どのようなメリットが得られたのだろうか。

燃料電池の状態を監視

本田技術研究所 四輪R&Dセンター
第5技術開発室 第3ブロック
研究員(工学博士) 江上 雅裕 氏

現在、世界各国では自動車の燃費規制が年々強化されている状況にある。CO2排出量の削減に向けて規制を満たすべく、自動車メーカー各社は取り組みを重ねている。そうした取り組みの1つが、旧来のガソリンエンジンから電動モーターへと動力源の移行を図ることだ。つまり、電動自動車への移行が求められているということである。電動自動車の1つに、水素エネルギーを活用する燃料電池車がある。燃料電池では、水素と酸素(空気)の化学反応を利用して電力を得る。その際に生成されるのは水のみで、CO2が排出されることはない。そのため、CO2削減に向けた非常に有効な手段として研究/開発が進められている。

ホンダ(本田技研工業)も燃料電池車に注目している一社だ。同社の場合、1980年代から燃料電池車の研究/開発を行ってきた。その代表的な成果が、2016年3月に発売した「CLARITY FUEL CELL(以下、クラリティ)」である。クラリティの充填時間(水素の充填時間)はわずか3分ほどで、電気自動車を上回る高速充填を実現している。しかも、1回の充填による走行可能距離は約750kmにも達する。

ホンダでは、以前は燃料電池を他社から調達していたこともあった。だが、現在では自社で製造した燃料電池を採用している。クラリティに搭載しているのも自社製の燃料電池である。本田技術研究所 四輪R&Dセンター 第5技術開発室 第3ブロック 研究員の江上 雅裕氏は、「私たちのグループでは、燃料電池システムの開発を担当している。そのミッションは、商品化が可能なレベルの高い精度と低いコストを実現したシステムを開発することだ」と述べている。ただ「燃料電池システムの商品化」と言っても、それにかかわる研究/開発の対象は多岐にわたる。その中でも、江上氏は主に燃料電池のインピーダンスを測定する方法の開発に取り組んでいるという。では、なぜ燃料電池のインピーダンスを測定する必要があるのだろうか。

燃料電池では、水素と酸素が化学反応することによって水が生成される。燃料電池スタックでは、小型化を実現するために水素や酸素の流路が非常に狭く作られる。それらの流路に水が溜まると水素や酸素が通過できず、発電が行えなくなる。したがって、燃料電池の稼働中には、生成される水の量を監視しなければならない。その監視方法として、インピーダンスの測定が利用されている。水量と燃料電池のインピーダンスに相関があるからだ。電解質膜に溜まった水の量が多くなると、燃料電池のインピーダンスが低下する。そこで、インピーダンスが小さくなりすぎたら、空気の量を増やしたり、温度を変化させたりといった制御を行うことで水の量を低減させる。逆に水が少なすぎると、燃料電池のインピーダンスが高くなりすぎて別の問題が生じてしまう。つまり、水量を監視する手段としてインピーダンスの測定を行い、その結果を基に水量のバランスをとるための制御を行うということである。

インピーダンスを基にした制御手法はすでに実用化されている。実際、クラリティの燃料電池にも、インピーダンスを測定する機能が適用されている。水量と相関を持つ単一周波数の信号を入力し、そのときのインピーダンスを測定するというものである。その測定結果に基づき、燃料電池内の水分量をコントロールしているわけだ。

よりきめ細かい性能管理を目指す

上述したとおり、水量と相関を持つ単一周波数に対するインピーダンスを測定すれば、燃料電池の水量に関する情報を得ることができる。逆に、その測定によって得られるのは水量に関する情報だけだとも言える。もちろん、燃料電池の性能に影響を及ぼすのは水量だけではない。実は、ほかの周波数に対するインピーダンスも測定すれば、燃料電池の性能に関する多様な情報を得ることができる。1に示すようなナイキスト線図を取得することで、例えば燃料電池の性能を低下させる要因となる触媒の劣化といった事象もとらえることが可能なのだ。つまり、単一の周波数ではなく、広い周波数範囲に対するインピーダンスを測定すれば、水量以外の性能劣化要因を検出し、それに対応するための制御を行って燃料電池車の性能を維持できるということである。

図1. 燃料電池のインピーダンスの周波数特性。このナイキスト線図では、横軸が周波数応答の実部、縦軸が虚部を表している

しかし、単一の周波数ではなく、広い周波数範囲を対象としてインピーダンスを測定しようとすると、1つの問題が発生する。その場合、入力する信号の周波数を変更しながら繰り返しインピーダンスの測定を実施することになる。この手法はFRA(Frequency Response Analysis)法と呼ばれている。1つの高周波数に対してインピーダンスを測定するだけなら1 s以下で結果を取得できるのだが、FRA法で広い周波数範囲を対象とすると、5分から10分の時間がかかってしまうのだ。これでは実用性に欠けると言わざるをえない。

インピーダンスの周波数特性を測定する方法としてはもう1つ知られているものがある。それは、M系列(擬似乱数)の信号を入力しながら電圧/電流を測定(サンプリング)し、得られたデータにFFT(高速フーリエ変換)を適用することでインピーダンスの周波数特性を得るというものである。このFFT法であれば、わずか数秒で測定が行える。しかし、この方法も1つの問題を抱えていた。FFT法はノイズの影響を非常に受けやすく、実用性に乏しかったのである(2)。江上氏は「現実世界では必ずノイズが発生する。実際、燃料電池単体で測定を行う場合でも、FFT法ではノイズの影響によって高精度の計測を行うことができない。自動車の走行時には数多くの電子ユニットが稼働するため、非常に多くのノイズが発生してしまう」と語る。つまり、インピーダンスの周波数特性を実用レベルで測定できるようにするには、短時間で測定を終えられるFFT法を採用しつつ、ノイズの影響を抑えるための新たな方法を開発する必要があったということである。

図2. ノイズがある状態とない状態の比較。ノイズが存在しない状態では理想的なナイキスト線図が得られる(左)。ノイズが存在する状態では右のような結果しか得られない。そのため、単純なFFT法は実用レベルではあまり使われていない

ノイズの問題を解決する手段として、江上氏は平均化(アベレージング)をベースとする方法を採用することにした。ただし、単純に同一条件での測定を繰り返し行って平均値を取得するのでは、測定時間が延びてしまう。そこで同氏はFFT法に対してエルゴード性の概念を加えることにした。

エルゴード性とは、時間平均と集合平均は等しいという性質のことである。例として、サイコロを100回振ったときに出た目の平均をとるケースを考える。仮に1回サイコロを振るのに1 sかかるとすると、100 sかけてサイコロを100回振り、その結果の平均をとることになる。それに対し、100個のサイコロを同時に投げて平均をとれば1 sしかかからない。エルゴード性というのは、これら2つの方法で得られた平均値は等しいというものだ。

ただし、「短時間で平均化が行えるように、測定用の装置を100個用意するといった方法ではまったく意味がない」(江上氏)ことは明らかである。そこで、同氏はエルゴード性の考え方を模擬する方法を考案した。実際には広い周波数範囲を対象として測定を行うのだが、ここでは1000 Hzのポイントでの結果を知りたいと仮定しよう。測定方法としては、通常のFFT法と同様にM系列の信号を入力し、999 Hz~1001 Hzの範囲で十分に高い周波数分解能が得られるようにサンプリング周波数を選択する。そのうえでサンプリングを実施し、得られた結果に対してFFTを実行する。そして999 Hz~1001 Hzの平均値(中央値)を1000 Hzにおける測定結果とするのである。これと同様の処理を複数の周波数ポイントについて実施(移動中央値)することで、インピーダンスの周波数特性を得ることができる。「このように、移動中央値を取得するという考え方を応用すれば、測定時間を増加させることなく、ノイズの影響を抑えることができる」と江上氏は説明する。

PXI製品で検証用システムを構築

PC上のシミュレーションでは、上述した理論が有効であることを確認することができた。ただ、重要なのは、現実の燃料電池を使用してその理論を検証することである。そこで江上氏は、必要な実験を行うためのシステムを構築することにした。それに当たって選ばれたのが、グラフィカルシステム開発プラットフォームのLabVIEWをはじめとするNIの製品群である。「当社では、すでにNI製品の使用実績があった。私自身は使用したことはなかったが、LabVIEWに関する知識はあったので、今回のような案件には非常に適していると考えた」と江上氏は語る。

構築したシステムは図3のようなものである。PXIに対応するシャーシ(PXIe-1082)、コントローラ(PXIe-8135)、データ収集デバイス(PXIe-6358)を使用している。燃料電池には通常の使用時と同様に酸素と水素を注入する。その状態で負荷としてM系列の信号を入力し、PXIベースのシステムによって電圧/電流を測定する。得られた値に対してFFTや移動中央値を求める演算を適用し、各周波数に対するインピーダンスの値を得る仕組みだ。

図3. 構築したシステム

この計測方法の特徴は、アベレージングを有効に機能させるために、かなり高いサンプリング周波数を使う点にある。10 kHzまでの周波数範囲を対象として測定を行うために、800 kHzのサンプリング周波数を選択するといった具合である。また実際の燃料電池スタックは数百個にも上るセルで構成される。したがって、セルごとのインピーダンスを詳細に測定したい場合には、その数だけ測定チャンネルを用意する必要がある。PXIe-6358であれば、最大1.25 MHzのサンプリング周波数で最大16チャンネルの測定を行うことができる。また、セルの数だけ測定チャンネルを増やすために同製品を複数台使用する場合でも、それぞれの間の同期を簡単にとることが可能だ。

加えて、測定や演算に必要なプログラムはすべてLabVIEWによりグラフィカルに記述することができる。しかも、FFTの演算を行ったり、M系列の信号を発生したりするための関数は、信号処理用のライブラリにあらかじめ用意されている。プログラム開発について、江上氏は以下のように述べている。

「最初に、電圧/電流の測定に使用する最もベーシックなサンプルプログラムをNIに提供してもらった。そのプログラムに対し、必要に応じて修正を加えていった。さまざまなロジックの検証が必要だったので、プログラムを修正しては測定を実施するということを繰り返しながら作業を進めた。当初は不慣れな部分もあったが、テキストベースのプログラミング言語と比べれば、膨大な量の勉強をしなくて済んだと思う。しかも、完成したプログラムは非常に高速に実行できる」。

NIのプラットフォーム製品を採用すれば、必要に応じて最適なハードウェアを選択することができる。また、それらの動作を制御したり、信号処理を行ったりするためのソフトウェアはグラフィカルに開発することが可能だ。そうした特徴が、明確なメリットとして働いたということである。

図4に示したのが、開発したシステムによる計測結果の例である。赤色のプロットはFRA法によって10分の時間をかけて取得したデータを表している。0.1 Hz~10 kHzの範囲にある異なる43ポイントの周波数に対するインピーダンスをプロットしている。一方、青色のプロットが、新たな手法によって取得したインピーダンスの計測結果だ。こちらは、256ポイントをプロットしているが、その測定にはわずか3.1 sしか要していない。ご覧のように、2つの結果はよく一致している。これらは、約20回の測定結果を重ねてプロットしているのだが、低周波数域でばらつきはあるものの、高い再現性が得られていることもわかる。

図4. 計測結果の例

車載プロセッサの高性能化に期待

ここまでに述べたように、FFT法に移動中央値を求める処理を追加した新たな手法により、ノイズの影響を抑えて測定精度を保ちながら、わずか数秒でインピーダンスの周波数特性を取得できるようになった。

今後の展開について、江上氏は「自動車は基本的には部品のコストを抑えつつ、機能を高めるという方向で進化していく。将来的に商用レベルの燃料電池車がどのように進化していくのかは現時点ではわからない。コストの問題などもあるため、新たなFFT法を即座に適用するということにはならないだろう」と述べている。そのうえで、同氏は「例えば、自動運転には非常に高速な演算が行えるプロセッサが必要になる。自動運転の機能が一般的になれば、そのプロセッサによって新たなFFT法の演算も行える可能性がある。その時点で本事例の手法は実用化されるのかもしれない」と語った。

 

 本事例の詳細:燃料電池のインピーダンス測定に向けた新手法を開発、検証環境はPXIで構築

 

 

PXIとは?

本事例で採用されたPXIは、計測/オートメーションシステム用の堅牢なPCベースプラットフォームです。PXIを採用するメリットなどを詳しくご紹介しています。

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