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グラフィカルシステム開発と VSS の融合で、気象レーダーの設計期間を40%短縮

 

魚群探知機や航海用レーダーなど、船舶用電子機器のメーカーとして有名な古野電気が、新たな事業展開として、 気象レーダーの開発に乗り出した。同社にとって未知のアプリケーションであるにもかかわらず、手戻りの発生を 抑えて短期間での開発を実現するためには、同社の従来の設計手法とは異なる新たなアプローチが必要であったと いう。そうした背景から選ばれた手法が、ナショナルインスツルメンツが提唱するグラフィカルシステム開発であ る。加えて、古野電気では、この開発手法にAWR 社の無線通信システム設計ソフトウェアであるVisual System Simulator(VSS)も組み込むことで大きな成果を得たという。では、従来の設計手法が抱えていた課題とはどのよ うなものだったのだろうか。そして、グラフィカルシステム開発では、その課題をどのようにして解決するのだろうか。 さらに、それによって得られる効果とはどれくらいのものなのか。気象レーダーの設計に携わった古野電気の技術者 3 氏にお話をうかがった。

都市型災害の予防で「安全安心」を

古野電気は、1948 年に世界で初めて実用化した魚群探知機をきっかけとして大きな成長を遂げてきた企業である。以降、レーダーやGPSの技術を核とし、船舶向けの電子機器を主力製品として事業を展開している。その同社が、現在新たな事業領域として注力しているのが気象レーダーだ。その背景について、同社 技術研究所 研究部 部長/ 工学博士の柏 卓夫氏は次のように語る。

「ここ数年、いわゆるゲリラ豪雨や竜巻が頻発し、家屋の浸水/ 倒壊、河川の氾濫、山間部における土石災害などが大きな問題になっている。当社は『安全安心、環境に優しい社会・航海の実現』というビジョンを掲げて事業を行ってきたのだが、これまでに舶用レーダーの分野で蓄積してきた技術やノウハウを活用することにより、災害の予防の分野でも力を発揮できるのではないかと考えた。そこで、2009 年末に気象観測システムの研究/ 開発を開始するに至った」。

既存の気象レーダーは、天気予報や、台風、梅雨前線の観測を目的とした大型のものであった。それに対し、古野電気は、ゲリラ豪雨の予測など、都市型災害の予防を目的とした小型で低コストの気象レーダーを開発することを目標とした(図1)。その基本構成は、図2 に示すようにレーダーとしては非常に典型的なものである。電波を空間に送出し、ターゲットで反射した電波が返ってくるまでの時間やレベルなどを観測することによって、ターゲットの状態を把握することが主機能だ。舶用レーダーでは主に船舶がターゲットとなり、気象レーダーでは雨や雪がターゲットとなる。各ブロックは、それぞれ以下のような役割を果たす。

古野電気株式会社
技術研究所 研究部 部長/工学博士
柏 卓夫氏

  • 操作/ 表示装置:オペレータによる気象レーダーの操作や、観測された情報の表示に使用する
  • 信号処理装置:送信信号の波形の生成や、送受信にかかわる制御信号の生成、受信信号のサンプリング(A/D 変換)などを行う
  • RF コンバータ:送信系では信号処理装置から出力されるIF 信号をRF 信号(9.4GHz のX バンド)にアップコンバートする。受信系ではアンテナによって受信したRF 信号をIF 信号にダウンコンバートする
  • パワーアンプ:RF コンバータから受け取ったRF 信号の振幅を増幅する
  • サーキュレータ:送信側と受信側を分離する。送信系では、パワーアンプからの出力信号をアンテナへ送信する。受信系では、アンテナで受信した信号をRF コンバータへ送信する
  • アンテナ:送信系では、サーキュレータから受け取った信号を空間に放射する。受信系では、ターゲットからの反射エコーを受信する

    図1.  従来の気象レーダーとの違い

     

    図2. 気象レーダーの基本構成

     

    2つの課題、求められる新たな開発手法

     


    古野電気株式会社
    技術研究所 研究部 
    ハードウェア・システム技術 
    研究室
    主任研究員 淺田 泰暢氏

    上述したように、新規に開発した気象レーダーの基本構成は典型的なものであり、舶用レーダーの開発で培った技術/ ノウハウを活かせる部分は確かに存在する。とはいえ、古野電気が気象レーダーを開発するのは初めてのことであり、未知の部分があったことも事実だ。実際、舶用レーダーと気象レーダーにはさまざまな面で違いがあるのだが、わかりやすいものとして方式の違いを挙げることができる。この点について、主にデジタル部の設計を担当した淺田 泰暢氏(古野電気 技術研究所 研究部 ハードウェア・システム技術研究室 主任研究員)は、「舶用レーダーは、水平偏波のみを使用する単一偏波のシステムだ。それに対し、われわれの気象レーダーは、水平偏波と垂直偏波を2 チャンネルで同時に送受信する二重偏波レーダーとして構成する。この二重偏波レーダーを開発するのは当社としては初めてのことだった」と語る。「舶用レーダーでは雨の影響を打ち消すための処理が求められていた。それに対し、気象レーダーでは、雨の情報をきっちりと取得する仕組みが必要になる。われわれは、その部分のノウハウを十分に持っているわけではなかった」と柏氏も続ける。
    このような事情から、気象レーダーについては、試作/ 評価の段階でさまざまな修正/ 変更を加えなければならなくなることが予想された。特に問題となるのは、信号処理装置の部分である。従来、このブロックは、基板設計、HDL(ハードウェア記述言語)によるFPGA 向けのコーディング、C 言語などによるCPU 用ソフトウェアのコーディングといった作業を含むカスタム設計手法で対応していた。このような手法では、変更に伴う手戻りが大きなコストになるため、変更に柔軟に対応できるような仕組みが求められた。これが1 つ目の課題である。

    この気象レーダーの開発には、もう1 つ大きな課題が存在した。その課題とは、デジタル回路(信号処理装置)とアナログ回路を単一の環境でシミュレーションすることができないというものである。一般に、この種のRF システムでは、デジタル回路とアナログ回路の設計は独立して進められ、それぞれに異なる環境で検証が行われる。デジタル回路とアナログ回路に対して個別にシミュレーションを実施し、それらが完了すれば、デジタル部、アナログ部それぞれの設計が完了し、それをもってシステム設計が完了したものと見なすということである。そして、両者をつなぎ合わせてのシステムレベルの検証は、実際の試作機で初めて行われることになる。試作機の段階で初めて問題が発覚し、大きな手戻りが生じる可能性があるわけだが、高度なデジタル信号処理とRF 用のアナログ回路が混在するシステムは、このような手法で設計されることは珍しくない。その理由は、この種のシステムに適した実用的な設計/ 検証環境が存在しなかったからである。主にアナログ部の設計を担当した小林 友直氏(古野電気 技術研究所研究部 ハードウェア・システム技術研究室 主任研究員)は、「例えば、アナログ回路用のシミュレータの中には、C 言語で記述した信号処理用コードを取り込めるようになっており、そのコードとアナログ回路をまとめてシミュレーションできるようなものも存在する。しかし、信号処理の専門家ではないアナログ技術者がそのようなコードを記述するのは困難だし、工数などの面からも現実的な解だとは言えない」と語る。

    しかし、古野電気としては、上述した従来の手法に大きな課題を感じていた。柏氏によれば、「各社のレーダー製品の特徴は、信号処理部に盛り込まれた各社のノウハウによって決まる」のだという。そして、「システムとしての性能を高めるには、アナログ回路単体の性能を高めることを目指すのではなく、各社固有の信号処理とマッチするアナログ回路を設計してシステム性能を指標として検証を行わなければならない。そのためには、信号処理部とアナログ部をまとめてシミュレーションできるようにする必要がある」(小林氏)のだ。逆に言えば、この部分をシミュレーションで押さえない限りは、試作機での問題発覚の可能性を下げることはできず、試作回数の増大をはじめとするリスクを抱えてしまうことになる。 

    NI FlexRIO により、信号処理装置の柔軟性を確保 

    上記2 つの課題を解決するために選ばれたのが、ナショナルインスツルメンツ(NI)のソリューションである。まず1 つ目の課題に対しては、信号処理装置の部分をNI FlexRIOで構成することで対応を図ることにした。NIFlexRIO は、再構成が可能(リコンフィギュラブル)なFPGA を搭載したFlexRIO FPGA モジュール、高性能のI/O を提供するFlexRIOアダプタモジュール、PXI システムの3 つの部分から成る。ソフトウェアはすべてグラフィカルシステム開発ツールであるNI LabVIEWによってプログラミングすることができる。FPGA についても、LabVIEW FPGA モジュールを使用することで、LabVIEW 上でグラフィカルにプログラミングすることが可能である。つまり、このグラフィカルシステム開発手法によれば、ハードウェア構成は固定したまま、LabVIEW でグラフィカルにコードを記述するだけで必要な変更に対応できるというわけだ。従来のカスタム設計手法では、基板設計、HDLによるFPGA 向けのコーディング、C 言語によるCPU 用ソフトウェアのコーディングについて、それぞれの専門家が必要だった。それに対し、グラフィカルシステム開発手法を採用したことで、基板設計は不要になり、テキストベースの言語であるHDL もC 言語も使用することなく、LabVIEW によるグラフィカルなプログラミングによって、設計/ 変更のすべてに柔軟に対応できるようになったということである。

    NI FlexRIO を採用したことによるもう1 つのメリットとして、データ集録の仕組みを極めて容易に実現できることが挙げられる。淺田氏は、「気象レーダーというアプリケーションに携わるのは初めてだったので、そもそも、雨や雪が降った場合にどのようなデータが得られるのかがわからなかった。そのため、試作段階では、とにかく大量のデータをHDD に保存できる仕組みが欲しかった。ただ、従来の設計手法でそのような仕組みを一から盛り込むのでは非常に手間がかかる。PXI ベースのNI FlexRIO であれば、特に設計作業を経ることなく、パソコン経由で簡単にHDD にデータを保存することができる」と説明する。

    「VSS + LabVIEW」で、システムレベルの検証が可能に

    2 つ目の課題についても、NI のソリューションを応用することで対応を図ることができた。鍵となったのは、信号処理装置の部分にNI のグラフィカルシステム開発手法を採用したことである。小林氏らは、従来からアナログ部の設計にはAWR 社の無線通信システム設計ソフトウェアであるVisual System Simulator(VSS) を使用していた。2011 年にAWR社をNI が買収したことから、このVSS とLabVIEW の連携機能を利用できるようになった。LabVIEW で記述したコードをVSS 上で呼び出して実行することが可能になったのだ。

    気象レーダーの設計においては、淺田氏らが信号処理装置向けに記述したLabVIEW のコードをVSS にそのままインポートし、VSS 上のアナログ回路とLabVIEW のコードの間で相互に信号をやりとりしながらシミュレーションを実行した。これにより、アナログ部単体の特性を検証するだけでなく、信号処理部も含めたシステムの特性を検証することが可能になった。言い換えれば、アナログ部とデジタル部をまとめてシミュレーションすることで、試作機を構築する前に、短期間でシステム設計の確度を高めることができたのである。

    「VSS とLabVIEW の連携機能を使ううえで、アナログ設計者にとって技術的にハードルになるところは存在しなかった。NI FlexRIOに実装するためにデジタル技術者が開発したLabVIEW のコードをそのまま使用することで、アナログ部単体ではなく、システムとしての性能を事前に検証できたことには大きなメリットがある」(小林氏)という。

    古野電気株式会社
    技術研究所 研究部
    主任研究員 小林 友直氏

    40%以上の期間短縮を実現

    ここまでに述べたような手法によって設計、試作、評価、修正/ 変更を進め、気象レーダーの機能/ 特性をひととおり実現することができた(図3、図4)。注目すべきは、それまでにかかった期間だ。淺田氏は、「この気象レーダーのような新規の案件を従来の手法で進めた場合と比べると、NI のソリューションを採用したことによって、40%以上の期間短縮を実現できているのではないか」と述べている。また、デジタル部については、「従来の手法の場合、基板設計のレベルで問題があったら一からやり直しになるが、NI FlexRIO を採用したことからハードウェアの変更は発生しない」(同氏)。加えて、LabVIEW によるグラフィカル開発だけで作業を進めることができ、基板設計、HDL によるコーディング、C 言語によるコーディングの専門家を必要としないため、人的リソースの面でも非常に大きな効果が得られる。しかも、従来は現実的には不可能であった、アナログ部とデジタル部を統合したシステムレベルでのシミュレーションも実現できるようになった。NI のソリューションを採用したことによるメリットは実に大きい。

    図3. 開発した気象レーダーの外観

     

    図4. 気象レーダーで取得したイメージ
    このイメージは、気象レーダーで3次元観測を行い、
    映像処理を施すことによって得たものである。
    大阪湾や大阪南部の上空に滞留する雨の様子が見て取れる。 

    新たな設計手法を社内で展開

    気象レーダーについては、現在、事業化に向けての取り組みを行っている段階だという。また、現時点では単体の気象レーダーで観測が行えるようになったところだが、今後は複数台による同時観測が行える、より高度なシステムへと展開していく予定だ。さらに、得られた観測結果を基にして降水予測を行うシステムを開発し、減災につながるソリューションの実現を目指す。気象レーダーに限らず、今後の設計業務においてNI のソリューションが果たす役割に対する期待は大きい。柏氏は「『LabVIEW は計測器の制御に使われるもの』というのが一般的な認識だろう。しかし、最近では信号処理向けのツールとして、製品の設計にも活用されるようになってきた。テキストベースの言語で信号処理を実現するのは非常に煩雑な作業だが、LabVIEW によるグラフィカル開発であればその煩雑さを大きく軽減できる。特に、AWR 社のVSS との連携機能が利用できることから、LabVIEW を使う意味がより大きくなった」と語る。実際、「社内でもLabVIEW の利便性に対する認識が広まっており、研究部門を中心としてユーザーが増えている」(淺田氏)という。さらにアナログ設計については、「気象レーダーとはまったく異なるアプリケーションでも、VSS とLabVIEW を併用する手法を活用していきたいと考えている。同じような手法を取り入れて、同じような成果を得られるように社内で展開していきたい」と小林氏は述べている。

     本事例の詳細:グラフィカルシステム開発と VSS の融合で、RFシステムの短期開発を実現

     

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